続倉敷珈琲物 第6話「月の砂漠の恋物語」その2
どれくらいラクダにゆられただろうか?
どんなホテルへ案内されるのかといろいろ想像していたのだが、以外にも案内されたのは、遊牧民(ベドウィン)たちの住むテントだった。
彼女の後について中に入るとそこには人の気配はなく、どうやら二人っきりらしい。
荷物を部屋の角にとりあえず置いて、じゅうたんのひかれた床に腰を下ろした。
広々としたテントにもかかわらず、嬉しいことに私のすぐ横にすわってくれた彼女に再び尋ねてみた。
しかし、じっと見つめるだけで、返事はない。どうやら英語は通じないようだ。
<こまった。アラビア語なんてまったくわからないや...>
困惑する私の目をじっと見つめていた彼女は少し微笑むと急に背を向け、そして驚いたことに、まとっていたベールを脱ぎはじめた。
<イスラムの成人女性は家族や恋人の前以外では決して人前で顔を見せる事はない>というのが、私の知る限りの知識だったが、その事の真偽については結構自信があった。
ついさっき、初めて会った私の前でベールを取るということは、これはいったい何を意味するのだろう...?
おもむろに振り返った彼女は、やはり息を飲むほどの美人だった。
そして、全く予想もしなかった、驚くべき展開が待っていた。
「ずっと待っていました。アラーの神のお告げ通りでした...。ここに2杯のコーヒーがあります。片方はモカ・マタリ、そしてもう片方は毒入りです。においも色も味もない毒が入っています。必ずアナタは、毒の無いモカ・マタリを選ぶとアラーの神のおつげです。毒の無いモカ・マタリを一気に飲み干せば、私はアナタのものです。さあ、どちらかを選んで...一気に飲み干してください。」
美しく神秘的な目で私をじっと見つめ2杯のコーヒーを差し出してそう言った彼女は、そのままそっと目を閉じた。
日本語だった。確かに「アナタのもの...」と聞こえた。
しかし、「毒入り」という言葉もはっきり聞こえていた。
<なんで、ボクがこんなめにあうの? どうしても選ばなきゃ〜ダメなの?もし毒入りを飲んだらお腹こわすの? まさか死んじゃう訳...?でも、アラーの神のおつげだから、ちゃんとコーヒーのんで、そんでもって「アナタノモノ」なわけ?そんな〜、夢みたいな話しだよな〜? ええ〜? ほんとにのなまきゃ〜いけないの?やっぱり夢?>
私は、ほっぺたをギュ〜っと、つねって確かめてみた。
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................................................................................................................痛くなかった.........
イエメンの首都サナアの夜景が眼下に広がっている。
都合の良すぎる夢のような夢から覚めた私は、イエメンの地図を見ながら、コーヒーにとって重要なポジションを占めた場所を確認した。
どうしても訪ねてみたいところは、いにしえの流通拠点「モカ港」と、最高級銘柄「モカマタリ」の産地である「バニーマタル地方」だ。
15世紀後半エチオピアのアビシニア高原から世界に先駆けてコーヒーが移植され、17〜18世紀にはヨーロッパから頻繁に商船が出入りし、伝統的なコーヒー生産国として世界市場を独占したイエメンに、いよいよ到着する。
「ムハンマドが、やっぱり女性だったら.....」
正夢を期待するなというのが難しい年ごろのタカシであった。